2025年2月に国が発表した、高校の「授業料実質無償化」が大きな話題になっています。2026年度からは全国で実施される見込みですが、東京都では2024年度から所得制限が撤廃され、(結果として)国に先行する形で実施されました。
2025年度の東京都の高校入試は都立高校の倍率が下がったことが大きな話題になりましたが、その要因の一つが「授業料実質無償化」なのではないか、と考えられています。
実際に、この制度が中学生の進路選択にどのような影響を与えているのでしょうか。それを理解するために、まずは2025年度の東京都立高校の入試を振り返ってみましょう。
◆2025年度高校入試への影響について
2025年度都立推薦入試では、応募倍率が2.28倍で前年度の2.48倍から0.2ポイント下がり、普通科に推薦制度が導入された1995年度以降、最も低い倍率となりました。
一般入試も応募倍率が1.29倍で前年度の1.39倍から0.1ポイント下がり、今の入試制度になった1994年度以降、最も低い倍率を記録しました。これはコロナ禍の影響で0.05ポイント落ち込んだ時よりも大きな下落でした。
また、一般受験の棄権率も過去最高を示し、私立志向・都立離れを示す指標となりました。
では、なぜこのような現象が経ち現れてきたのでしょうか。一つには2024年度から私立高校の授業料が「実質無償化」される制度が始まったからともいわれています。
ネットでも様々に取り上げられていますが、いろいろな数字が示され、所得制限についても「年収約590万未満」とか「課税標準額に基づく計算式による支給額」などいくつかの説明がされており、いまひとつ分かりにくいと思っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。実は筆者もそうでした。
そこでまずは話を東京都に限定し、その仕組みについてなるべく分かり易く説明したいと思います。
◆制度の仕組みについて
まず「国」の制度から説明します。以下の表をご覧ください。これは「高等学校等就学支援金制度」と呼ばれます。表の黄色の部分とオレンジ色の部分です。
黄色の部分が910万円未満と910万円以上で名称が分かれています。これが分かりにくさの原因のひとつですが、これは所得制限があったときの名残で910万円未満が「高等学校等就学支援金」と呼ばれ、910万円以上が「高校生等臨時支援金」と呼ばれます。
2024年度までは910万円以上だと支援の対象にはならなかったのですが、2025年度はこの部分については所得制限がなくなり、国公立・私立の区別なく一律118,800円が支給されることになりました。この118,800円が国公立の授業料に相当しますので、国公立に通う生徒に対しては所得制限なしの「授業料の無償化」となるわけです。
次にオレンジの部分は、私立高校に通う生徒に対する支援です。ここでは未だ年収制限があります。年収目安が590万円未満の場合(両親・高校生・中学生の4人家族で、両親の一方が働いている場合の目安)、最大で396,000円が支給されます。
さて、この年収目安ってのが分かりにくいですね。就学支援が受けられるかどうかの判定基準は実は年収ではなく、以下の算定式で計算されます。
これは家族構成などで変るため、年収いくら未満以上とは簡単には言えないわけです。
この計算式で154,500円未満であれば支給額が最大で396,000円となります。このときの標準課税額から年収を逆算すると約590万円となるため、「年収目安590万円未満」と言っているのです。
ちなみに自分の標準課税額etcはマイナポータル「わたしの情報」から確認できます。
以上が「国」の制度です。
まとめると、次の通りです。
① 国公立・私立の区別なく118,800円(国公立授業料相当分)が支給されます
② 私立に通う場合、標準課税額を基にした計算式で154,500円未満(年収目安590万円未満)の世帯については①との合算で最大396,000円が支給されます。
次に「東京都」の制度について説明します。
もう一度、先ほどの表をみてください。
年収590万円以上の場合、都の支援額は371,200円になります。上の図の水色の部分です。
つまり「国」の制度では年収制限のため私立高校加算分が支援されなかった生徒に対し、年収制限なしで都内私立高校平均授業料相当額である490,000円まで加算されるのです。
また年収590万円未満の場合、国からの支援金は上限396,000円となります。そのため、都は490,000円との差額94,000円を支援します。図の濃い青色の部分です。
次は、実際に申請をする方法についてご説明します。
◆申請について
都の助成金は国の就学支援金の認定結果と連動していますが、国への申請とは別に申請が必要になります。
まずは、国への申請についてです。
「高等学校等就学支援金」の申請は原則としてオンラインで行います。文科省のシステム「高等学校等就学支援金オンライン申請システム(e-Shine)」を使用します。これは都のHPからでもログインできるようになっています。
在学する高校から「e-Shine」の「ログインID通知書」を受け取り、オンラインで「受給資格認定の申請」を行います。
「高等学校等就学支援金」の判定結果は新入生・在校生とも7月頃までに学校から案内があります。年収約910万円未満世帯と判定された場合にはそのまま118,800円が支給されますが、年収約910万円以上世帯と判定された場合には、再度「高校生等臨時支援金」の申請を行い、「臨時支援金」118,800円を受け取ることになります。
次に、東京都への申請についてです。
東京都の助成金を受け取るためには、「e-Shine」とは別に申請する必要があります。
(公益財団)東京都私学財団のHP「私立高等学校等授業料軽減助成金事業(都の助成制度)」からオンラインで申請します。
詳しいマニュアルが申請ページに用意されていますので、それに従って申請します。申込みの際、「住民票」「課税証明書」etcが必要となりますので、準備してからHPにアクセスしてください
申請期間も定められており、令和7年度は7月1日~7月31日までとなっています。期間を過ぎると申請できませんのでご注意ください。
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以上、なるべくコンパクトに(つまりいろいろと端折って)書いたつもりですが如何でしょう?分かり易い説明になっていたでしょうか。
最初にも少し書きましたが、これは2025年度限りのしかも東京都(全日制)のみの説明です。
現在の制度がたいへん分かりにくいのは、もともとあった所得制限を国公立のみ撤廃したり、所得制限のある国の制度に乗っかる形で都の所得制限撤廃が設計されていたりするのが原因でしょう。
2026年度以降は、国の制度についても所得制限撤廃が予定されておりますので、引き続きご注意いただきたいと思います。国・都道府県ともに所得制限が撤廃されるなら、たいへん簡単な分かり易い制度になるのではないか、と筆者などは期待しているのですがどうでしょう。
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注意点として、高校無償化の話題を考えるときに注意しなければならないのは無償化になるのはあくまで授業料のみと云うことです。
高校に通うときに必要になるのは、授業料だけではありません。初年度には入学金もありますし、設備費なども支払わねばなりません。2025年度時点での私立高校の学費に関わる3年間の負担額は以下のようになります。
このデータは東京都の平均を表しており、私立は学校ごとの差も大変大きくなっていますので就学支援を利用した私立進学を考えている場合、志望校の年間費用は要チェックでしょう。
因みに都が公表している資料によると、東京都下で初年度納付金の最高額は1,932,300円、最も安い高校で752,000円です。こんなに差があるのですね。
これ以外でも、高校生活を送るには制服代、教材費、修学旅行費、部活動費、PTA会費etcの費用が掛かってきます。この支援は授業料に対するものなので、授業料以外の費用には支援がありません。支援を受けて私立に進学をしようとする場合は、授業料以外にどの程度の費用を用意すべきかをしっかり見極めないと「こんなはずではなかった」となりかねません。十分な注意が必要でしょう。
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さて、所得制限なしの授業料無償化、「たいへん有難い」とか「学ぶ機会の公平性からみて望ましい」と云う意見もある一方で「負担できる人には負担してもらった方が良い」とか「結局はポピュリズムではないのか」とかの意見もあるようです。ここは、いろいろな議論があるところでしょうが、今回はそこには立ち入らず、生徒たちの学習意欲という側面から少し考えてみたいと思います。
高校進学率が98.8%と云う非常に高い水準にあるわが国では、公立中学に通うほぼすべての生徒が高校受験を目指して勉強しています。もちろん受験勉強だけが勉強ではありませんが、高校受験というハードルが中学生の学習意欲・モチベーションを駆動しているのは間違いないでしょう。
そしてこれまで筆者のまわりでは、志望校を考えるとき「まず都立」から始まることが多かったように思います。併願優遇を利用して私立を抑えにし、公立の一般入試を目指して2月下旬まで受験勉強を頑張る、という形態が多かったのです。
ちなみに東京都の公私連絡協議会では、2025年度の入試における生徒の受け入れ枠として、都立48,000人、私立27,800人(約6:4)で合意しています。
東京都の所得制限なしの「授業料無償化」でその流れが少し変わった、というのが昨年度です。
多くの私立高校が持つ「単願制度」を利用すると、学校の成績次第では12月の中旬にはほぼ高校の合格が見込める状態になります。授業料が無償化されたことにより、この選択肢を選ぶ生徒の数が多くなったようなのです。
公立私立によらずトップ校を目指す層にはあまり影響はないでしょう。恩恵(?)を受けるのが上位校・中堅校を志望校する層です。なかには勉強があまり好きでない生徒もいます。これまではご家庭で「私立は無理だから公立に」と言われていたのが「助成があるなら私立もなんとかOK」となると、苦しい受験勉強を早く終わりにしたい、という気持ちもよく分かります。
学習したい生徒が学習したい環境で学べるように、と云う趣旨で始まった(はずの)制度が、当の生徒の学習意欲の減退につながるとすると、画竜点睛を欠くことにもなりかねません。
来年からは全国で始まる予定になっています。生徒たちの学力向上につながる制度になっていってもらいたいと願うばかりです。
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